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京都地方裁判所 昭和45年(む)12号 決定

主文

本件忌避の申立はいずれもこれを却下する。

理由

一、本件忌避の申立の原因は、本件公判記録第二回公判調書中主任弁護人崎間昌一郎のその点に関する陳述記載及び昭和四五年一月二六日主任弁護人崎間昌一郎、弁護人小野誠之、同中元視暉輔から当裁判所に提出された「裁判官忌避申立の理由の疎明書」と題する書面中本件忌避の申立の原因についての補充陳述と認められる記載部分のとおりであるが、その要旨は次のとおりである。即ち、

京都地方裁判所第三刑事部は、裁判長裁判官橋本盛三郎、裁判官石井恒、裁判官竹原俊一の構成の下に、同部に係属中の被告人幸地延夫他二名に対する頭書被告事件(未公判)と、当初は同地方裁判所第一刑事部に係属していた被告人板垣徹也他七名に対する頭書被告事件(第一回公判開廷済)とを併合審判する予定で、両事件の公判期日をいずれも昭和四四年一二月二五日午前一〇時と指定し、同裁判所第一五号法廷で審理を開始せんとしたのであるが、当日の定刻少し前傍聴券の交付を受けた学生、父兄等一般傍聴人三、四〇名が入廷したのに続き、五分程遅れて約一〇〇名の学生、市民等が、或る者はヘルメットを着用し、うち一名は旗竿を携え、うち一名は携帯用スピーカーを所持し、傍聴券の交付を受けないで入廷してきた。丁度その頃、崎間主任弁護人他四名の弁護人が入廷のため第一五号法廷正面入口付近まで来た際、警察官数名が制服で待機しているのを見たので橋本裁判長に尋ねたところ京都地方裁判所長と橋本裁判長が連名で警察官の出動要請をしたためであることを知った。そこで弁護人等は警察官並びにこれ等傍聴券を所持しないで入廷した傍聴人の取扱いについて裁判長と話し合ったが、その際裁判長は弁護人等に対し「ヘルメット、旗竿、携帯用スピーカーを法廷外に持ち出すよう傍聴人を説得して貰いたい」旨要望し、この問題が解決されれば傍聴券を所持しない傍聴人の入廷をそのまま容認し警察力の行使は考えない旨を暗に約束した。そこで弁護人側はこれを諒承し、崎間主任弁護人が傍聴人を説得して携帯用スピーカー、旗竿はこれを法廷外に持ち出し、ヘルメットはこれを脱いで鞄等に入れさせ、且つ法廷内通路等に立っている者をその場に座らせて開廷を待った。ところがその後一〇分位して橋本裁判長は石井、竹原両陪席裁判官と共に被告人等の入廷を待たずに入廷し、橋本裁判長はすぐさま「通路に座っている傍聴人は直ちに全員退廷しなさい」と発言し、次いでこれ等の者に対する退廷命令を発し、警察官を法廷内に導入して退廷を強行し、更に、警察官の執行に対して口頭で抗議した傍聴人数名をも実力で法廷外へ排除してしまった。弁護人等は橋本裁判長が冒頭に右のごとき発言をしたのに対し直ちにその理由の説明を求めたが裁判長はまともに答えようとせず、退廷命令が出された後にもその撤回を求めたが、退廷命令を取消す意思がない旨を答えるだけで弁護人等の発言に耳を貸そうともせず、退廷命令に対する異議の申立も裁判所はこれを却下してしまった。

しかしながら、(一)、橋本裁判長は、前述のごとく、ヘルメット、旗竿、携帯用スピーカーを処理すれば傍聴券を所持しない傍聴人の入廷をそのまま容認し警察力の行使は考えない旨を暗に約束しておきながら、そして弁護人等の努力によってほぼその要望に副う状態になったのに、通路に座っている傍聴人に対して退廷命令を発し警察力を行使して強行してしまったことは、右の約束を無視した背信的な行為である。(二)、のみならず、通路に座っている傍聴人に対する退廷の勧告、命令及び執行に対し、弁護人等はその都度その理由を訊し、命令の撤回を求めたのに、橋本裁判長は具体的な説明をしようとせず、異議の申立に対しても裁判所がこれを却下してしまったのは、裁判長及び裁判所としてあるべき態度ではない。およそ裁判長の法廷警察権の発動であるにせよ、弁護人がその理由の説明を求める限り納得のいく議論を尽し、しかる後に判断するのが任務であるべきである。(三)、更に、そもそも退廷命令の執行については、弁護人側と事前に十分な打合せを遂げていたならば警察官の導入は避け得たにも拘らず、事前の打合せをせず、京都地方裁判所のこれ迄の慣行に反して、無造作に警察官を法廷内に導入したことは、司法権の独立を守るべき裁判長の採るべき態度ではない。殊に、本件事案の審理は警察官の職務執行々為の適法性が中心課題となるものと考えられるのであるから、警察力を無造作に行使するがごときことは厳にこれを回避すべきものであった。これ等一連の事跡からすれば、橋本裁判長及び石井、竹原両陪席裁判官の下では、被告人等が今後の審理にあたって公平な裁判を受けることを期待することが不可能であるから、右三裁判官に対し本件忌避の申立をする。

というのである。

二、よって按ずるに、

(一)、本件公判記録第二回公判調書(以下単に公判調書と称する)、昭和四五年一月二六日被告人全員の主任弁護人崎間昌一郎、弁護人小野誠之、同中元視暉輔から当裁判所に提出された「裁判官忌避申立の理由の疎明書」と題する書面(以下単に疎明書と称する)、及び裁判長裁判官橋本盛三郎、裁判官石井恒、裁判官竹原俊一作成の昭和四五年二月六日付意見書と題する書面中事実の経過に関する記載部分(以下単に意見書と称する)、宇野繁市作成の報告書を綜合すると、本件忌避の申立のあった昭和四四年一二月二五日午前一〇時の第二回公判期日における開廷前及び開廷後の経過はおよそ次のとおりであったと認めることができる。

即ち、

京都地方裁判所第三刑事部は、裁判長裁判官橋本盛三郎、裁判官石井恒、裁判官竹原俊一の構成の下に、同裁判所第一五号法廷で、被告人幸地延夫他二名に対する頭書被告事件と、被告人板垣徹也他七名に対する頭書被告事件とを併合審判する予定で、新聞記者席を除く一般傍聴人用として予め九〇枚の傍聴券を用意し傍聴券交付所を設けて整理に当らせていたものであるが、昭和四四年一二月二五日午前一〇時の開廷時刻一〇分前頃までに、約七〇名の傍聴人が傍聴券の交付を受け、特別の携帯物もなく平穏裡に入廷して所定の椅子に着席し、検察官二名も定刻に入廷着席した。ところが、午前一〇時一〇分頃、さらに約七〇名の傍聴人が、うち二〇名余りの学生風の者はヘルメットを着用し、うち一名は旗竿一本を携え、うち一名は携帯用スピーカーを所持したまま、傍聴券交付所の整理を無視し、傍聴券の交付も受けないで、法廷傍聴席入口扉を激しく叩くなどなだれ込むようにして入廷し、通路、窓際の空所等傍聴席の空所を埋め尽し、携帯用スピーカー所持者のシュプレヒコールに唱和するなど、喧騒を極める状況となった。そこで立会書記官は直ちに右の状況を橋本裁判長に報告した。但しこのときの報告は傍聴券の交付を受けて入廷した者約六〇名、交付を受けないで入廷した者数十名ということであった。これよりさき、京都地方裁判所長と橋本裁判長は連名で、法廷の秩序を維持する等のため必要であるとして警察官一個小隊の派出を求めていたものであるところ、丁度その頃、弁護人等主張のごとき経緯から、橋本裁判長は崎間主任弁護人他四名の弁護人と第一五号法廷正面入口付近で、派出されていた警察官並びに傍聴券を所持しないで入廷したこれ等傍聴人の取扱いについて話し合うことになり、弁護人等の「警察官が傍聴人の目につくところに待機していることは刺激的で望ましくないから、まず法廷付近から警察官を退去させて貰いたい、そうすれば弁護人の方で傍聴人を説得する。その説得が功を奏した際は警察官を裁判所構内から出して貰いたい」旨を申し出たのに対し、橋本裁判長は警察官の派出を要求したのは法廷の秩序を維持するため必要であるからであると説明したうえ「それよりもヘルメットを着用し、旗竿、携帯用スピーカーを所持していることは困るから、その者の退廷乃至搬出方を弁護人側で勧告して貰いたい。」旨を申し述べ、弁護人等もこれを了承して入廷した。そうして、その頃には派出されていた警察官一個小隊は第一五号法廷からほど遠からぬ第一一号法廷内で待機する態勢となった。さて、弁護人等が入廷し、崎間主任弁護人が傍聴人等を説得したこともあって、これ等傍聴券を所持しないで入廷した傍聴人等は、その後結局、旗竿、携帯用スピーカーを法廷外に持ち出し、ヘルメットはこれを脱いで鞄等に入れ、且つ、一部の者は空席に着席し、その余の者は通路、窓際の空所等傍聴席の空所に座り込んで開廷を待つこととなった。右の状況はまた立会書記官から橋本裁判長に報告された。そこで裁判長は、さきに傍聴券の交付を受けて入廷した者と併せるとその数百四、五〇名を数え、定数を超えるこれ等多数の者が通路等の空所一杯に座り込んでいる状況は相当でないとして立会書記官に命じ、二回に亘り、傍聴席以外の場所に座っている傍聴人は直ちに退廷するよう勧告せしめたが、全くこれに応ずる気配がなかったので、午前一〇時三〇分、橋本裁判長は石井、竹原両陪席裁判官と共に被告人等の入廷を待たずに入廷し、立会書記官の報告通りの状況を現認のうえ、席についていない傍聴人は法廷外へ出るよう改めて自から勧告を繰り返したが、依然として口口にナンセンス等と叫ぶのみであったため、遂に裁判長は傍聴席に着席していない傍聴人の退廷を命じ、さきに派出を要求していた警察官にそれを執行せしめ、警察官は約五分後に執行を了した。その際、傍聴席に着席していた傍聴人多数が退廷命令の執行の不当を唱えて激しく騒ぎ立てたので、裁判長はそのうち二名に退廷を命じ、裁判所職員がこれを執行した。このとき崎間主任弁護人から退廷命令に対し異議の申立が為されたが(尤も、この異議の申立は第一次の退廷命令に対するものか、第二次のそれに対するものか、公判調書の記載によっても明瞭でないばかりでなく、異議理由を陳述した形跡もない)、裁判所が異議の申立を容認しなかったところ、更に傍聴人等が騒ぎ出したため、そのうち「暗黒裁判を許さないぞ、裁判斗争に勝利するぞ」と発言した者、及び「我々の権利を踏みにじって裁判が出来ると思うのか」と叫び「橋本を弾劾するぞ」というシュプレヒコールを扇動しようとした者に裁判長は退廷を命じ、これまた裁判所職員が執行した。

かような経過であったと認めることができる。

(二)、しかるところ、申立人たる崎間主任弁護人は、本件忌避原因として、まず第一に、橋本裁判長が入廷するや傍聴席に着席していない傍聴人の退廷を命じ警察力を行使して強行してしまったことは、開廷前第一五号法廷正面入口付近で弁護人等と橋本裁判長とが取交した約束に反する背信的行為であると主張する。しかして、疎明書によれば、弁護人等は第一五号法廷正面入口付近で橋本裁判長と話し合った当時、傍聴席には傍聴券の交付を受けて入廷した者三、四〇名の外に交付を受けないで入廷した者が約一〇〇名あり、九〇名の定数をはるかに超える傍聴人が入廷していることをすでに認識していたもののごとくであって、これを前提として、弁護人等が前述のごとき申し入れを為したのに対し橋本裁判長がヘルメット、旗竿、携帯用スピーカーの搬出方を求める前認定のごとき要望を申し述べ、しかもその際定数超過の傍聴人の処置について特段の指示がなかったとすれば、これ等の事情に限定する限り、或いは若しその要望に副う状態になれば傍聴券を所持しない傍聴人の入廷もそのまま容認し、従ってこれを排除するため警察力を行使するがごときことをしない旨を暗に約束したものと受取ったとしても、それは、抗告審決定が言及しているごとく、全く理解し得ないということでもない。そして崎間主任弁護人の努力等もあって、裁判長の要望した事項がおおむね達成された状態になったのに(尤も、公判調書と疎明書及び意見書を綜合すると、旗竿、携帯用スピーカーは崎間主任弁護人の説得によって法廷外に持ち出されたが、ヘルメットについては着用者が自発的に脱ぎ、同弁護人の説得によって鞄等に入れたが、法廷外に持ち出すことまではしなかったものと認められる)、裁判長から退廷命令が発せられ警察力で強行せられたのであるから、これをもって背信的行為であるとして裁判長に不信の念を抱くに至ったとしても、その限りにおいては、いわれのない疑惑であると断じ去るのに全く躊躇がないというのではない。

しかしながら、右は全く弁護人等の誤解であるというの外はない。即ち、意見書によって明かなごとく、そもそも傍聴人の数については、本件公判期日の前日石井、竹原両陪席裁判官が崎間主任弁護人と面談した際に、新聞記者を除く一般傍聴人を法廷の固定椅子数に相当する八五名に制限し傍聴券を発行して整理するものであることをすでに伝えているのであって、なおその際の同弁護人の意向を斟酌し長椅子を入れるなどして実際は九〇枚の傍聴券を用意し、前認定のとおり、傍聴券交付所を設けてこれが整理に当らせていたものである。しかも橋本裁判長は弁護人等に前記のごとき要望を為したときまでの段階においては、前認定のごとく、立会書記官からは、傍聴券の交付を受けて入廷した者約六〇名そのほか傍聴券の交付を受けない者数十名がなだれ込むように入廷した、という程度の報告しか受けていなかったのであって、弁護人等がその概数をすでに認識していたと認められるのに引きかえ、裁判長は総数幾何の傍聴人が入廷しているのか適確に把握するまでに至っていなかったのであるから、これ等の事情を勘案すると、裁判長が弁護人等に対し前認定のごとき要望を為した真意は、数十名の者が傍聴券の交付も受けず、或いはヘルメットを着用し、或いは旗竿、携帯用スピーカーを所持したままなだれ込むようにして入廷して来るという異常な事態は到底許容し得るところではないとして、まずもってヘルメット、旗竿、携帯用スピーカーを法廷外に搬出することを要請することにあったことは明瞭であり、それを超えて、定数超過の傍聴人の入廷をそのまま容認するか否かの点まで配慮したうえでの発言であるとは、その文言の表示自体からしてもこれを推認することは不可能である。このことは意見書によって明かなごとく、弁護人等が入廷し崎間主任弁護人が説得をなした後、立会書記官から法廷の模様につき、傍聴券の交付を受けないで入廷した者が約八〇名であり傍聴人の総数百四、五〇名に達する旨、再度の報告を受けるに及んで、裁判長がはじめて立会書記官をして傍聴席に着席していない傍聴人の退廷を勧告させている事跡に徴しても全く疑いを容れないところである。従って、裁判長が入廷し自から右のごとき状況を現認したうえ退廷命令を発したからといって、その間橋本裁判長に食言乃至は背信的行為というがごときものは全く存在しない。しかも入廷者の総数が定数九〇名を幾何ほど超えているかを確認するに先だち、従って定数を超える傍聴人の取扱いに対する配慮をさておき、まずもってヘルメット、旗竿、携帯用スピーカーの搬出を求め、もって当面の法廷内の秩序を速かに回復しようと努めた裁判長の措置には、開廷直前の差し迫った異常事態に対処する方策として毫末も違法不当の廉はない。およそ、傍聴人の数を制限する旨が予め弁護人等に告知せられている以上、この措置を変更したか否かにつき仮にもせよ疑念の生じた場合には、裁判長の明言のない限り、弁護人等において直ちに裁判長の真意を確認して自からの疑念を氷解するよう努むべきであったとしなければならない。弁護人等が橋本裁判長に背信的行為ありとするのは曲解でなければ全くの誤解である。申立人は、法廷内に居た裁判所職員から、通路等に立っている傍聴人を座らせるように、との指示を受けたので直ちにその場に座るよう説得したと述べて裁判長に不信感を抱くに至った一因としているもののようであるが、裁判所職員が仮にさような指示をしたとしても(意見書によれば、裁判長は裁判所職員にそのような指示を為さしめた事実はないとしている)、その直後に裁判長の命を受けた立会書記官が二回に亘り書記官席に起立し傍聴席に向い「裁判長の指示がありましたので、固定席以外の通路等に座っている傍聴人の方は法廷から出て下さい」とやや声を張り上げるような調子で退廷の勧告を行っていること公判調書、意見書及び宇野繁市作成の報告書によって明かであるから、在廷していた弁護人等はこのとき裁判長の真意を明瞭に知り得たのであって、仮に一時の疑念があったとしても直ちにこれを解消せしむべきものであったというべきである。なお、申立人は裁判長がその際警察力を行使しない旨も暗に約束したと主張するが、主張自体に徴しても退廷命令と切り離してかような約束をしたというのではないし、疎明書によれば、却って、弁護人等が警察官を裁判所構内から退去させて貰いたい旨を申し入れたのに対し、裁判長は警察官は裁判所構内に待機して貰う旨を回答し弁護人等の警察官退去要求を拒否したというのである。しかして、他に裁判長が明示的にはもとより黙示的にも警察力の行使に関し主張のごとき約束を為したと認めしめる形跡は全く存在しない。従ってこの部分の主張はその前提を欠く理由のないものである。

(三)、申立人は、次に、橋本裁判長の傍聴人に対する退廷の勧告、命令及び執行に対しその都度理由を訊し、命令の撤回を求めたのに、裁判長はこれに対し具体的な説明をしようとせず、異議の申立に対しても裁判所がこれを却下してしまったことは、裁判長及び裁判所としてあるべき態度ではないと主張する。

しかしながら、公判調書によれば、弁護人等が理由の説明を求め命令の撤回を求めたのに対し、橋本裁判長はその都度説明を加え理由を述べていること明瞭である。弁護人等がその理由に具体性がなく且つ承服し難いというのであれば、異議の申立をなすべきであり、且つそれで足りる。しかも本件においては現実に異議の申立をなし、裁判所から理由を付した決定で異議を容認しない旨の判断が示されているのである。のみならず、そもそも、不公平な裁判をする虞れという忌避原因は、いうまでもなく、裁判官と事件又はその当事者との関係からみて不公平な裁判をする虞れを起させるに足りる客観的合理的事情をいうのであって、弁護人等の右の主張は、畢竟裁判長の法廷警察権の行使乃至は訴訟指揮の当否を論難し、ひいては裁判所の決定の不当を攻撃する域を出ないものであり、本来忌避申立の適法な原因となるものではない。

(四)、更に、申立人は、退廷命令の執行に際し無造作に警察官を法廷内へ導入したことは、司法権の独立を守るべき裁判長として、殊に本件審理を担当する裁判長の採るべき態度ではないと主張する。

しかしながら、退廷命令の執行のため警察力を行使し得ることは裁判所法、刑事訴訟法に明定するところであって何等違法の廉はない。裁判長が弁護人等との事前準備の段階において警察力の行使を回避するよう努力すべきであったとする主張部分は、これまた結局裁判長の訴訟指揮の非を唱えるに止まるものであって、忌避申立の適法な原因となるものではない。なお、申立人は、無造作に警察力を行使する裁判長は、警察官の職務執行々為の適法性が主要な論点となるとみられる本件の審理を担当するのに適当でないと主張するが、警察力を行使して傍聴人の退廷を実行した点を捉えて、警察官の職務行為の適法性が問題となると予想される事件の審判につき、裁判長に不公平な裁判をする虞れがあるとするがごときことは、到底忌避原因としての客観的合理的な事情と解することはできない。

三、以上、要するに、申立人の本件忌避の申立は、本来適法な原因とならないことを理由にするか、或いはその前提を欠き、又は曲解乃至は誤解でなければ杞憂に過ぎないものであって、いずれも理由がない(なお、陪席裁判官たる石井裁判官は昭和四五年四月一日福岡地方裁判所小倉支部に転任を命ぜられ、また、同竹原裁判官は同月一〇日以降兼務庁たる京都家庭裁判所の職務を専ら担当する等の事情のため、いずれも今後本件の審理に関与することがなくなったことは当裁判所に顕著な事実であるから、両陪席裁判官には最早忌避の対象となるべき職務は存在せず、この点からも両陪席裁判官に対する忌避の申立はいずれも許容するに由なきものである)。

よって、刑事訴訟法第二三条により本件忌避の申立はいずれもこれを却下することにし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高橋太郎 裁判官 蒲原範明 見満正治)

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